真空の透磁率(πは測定によって再定義される?)

Space-Time Unit (ST unit) / Vacuum Permeability

Physics · Unit systems · Vacuum permeability

2019年の国際単位系(SI)の改定によって、真空の透磁率 \(\mu_0\) は、従来の \(4\pi\times10^{-7}\ \mathrm{N/A^2}\) という厳密な定義値から、 実験結果に基づいて推奨値が更新される物理量に変更されました。

この変更は、国際キログラム原器に依存しない質量の基準を確立するため、プランク定数 \(h\) を厳密な定義値として固定した2019年のSI改定の一環です。 ただし、\(\mu_0\) が測定によって決まる量になった直接の理由には、電気素量 \(e\) を固定してアンペアを再定義したことも 関係しています。

現在の真空の透磁率は、CODATA 2022の推奨値で、

\[\mu_0=1.25663706127(20)\times10^{-6}\ \mathrm{N/A^2}\]

この改定は物理学および数学においてどのような影響を及ぼすでしょうか?

2019年の国際単位系改定以降、真空中の光速 \(c\)、電気素量 \(e\)、プランク定数 \(h\) は、 以下の厳密な数値として定義されています。

\[{c=299\,792\,458\ \mathrm{m/s}}\]
\[{e=1.602\,176\,634\times10^{-19}\ \mathrm{C}}\]
\[{h=6.626\,070\,15\times10^{-34}\ \mathrm{J\cdot s}}\]

これらの値には、定義上の測定不確かさがありません。

一方、微細構造定数 \(\alpha\) と真空の透磁率 \(\mu_0\) には、次の関係が成立します。

\[\alpha=\frac{\mu_0ce^2}{2h}\]

したがって、

\[{\mu_0=\frac{2\alpha h}{ce^2}}\]

\(c,e,h\) がすべて厳密な定義値であるため、真空の透磁率 \(\mu_0\) の数値は、微細構造定数 \(\alpha\) の測定結果によって決定されます。

つまり、微細構造定数の測定精度が向上し、その推奨値が改定されれば、真空の透磁率の推奨値も改定されることになります。

歴史を遡ると、真空の透磁率 \(\mu_0\) の現在のSIにおける位置づけは、19世紀に発展した電磁気学の単位系に由来します。 20世紀初頭に、ニュートン力学で用いられるMKS単位系(メートル・キログラム・秒)と実用電気単位を統一するため、電気的な第4の基本単位を導入する単位系が提案されました。 その後、1946年の国際度量衡委員会(CIPM)の決議を経て、1948年からアンペアの定義に基づく真空の透磁率の厳密値が採用されました。

マクスウェルの方程式によれば、真空中の光速 \(c\)、誘電率 \(\varepsilon_0\)、透磁率 \(\mu_0\) の間には、

\[c=\frac{1}{\sqrt{\varepsilon_0\mu_0}}\]

という関係が成立します。したがって、真空の誘電率は、

\[\varepsilon_0=\frac{1}{c^2\mu_0}\]

では、真空の透磁率に現れる \(4\pi\) と \(10^{-7}\) という数値は、どこから来たのでしょうか?

\(4\pi\) は、三次元ユークリッド空間における球面の幾何学的性質に由来します。半径 \(r\) の球の表面積は \(4\pi r^2\) であり、球面全体の立体角は \(4\pi\) ステラジアンです。 点電荷から放射状に広がる電場や、点状の源から広がる逆二乗則の場を記述するとき、この幾何学的因子が現れます。

一方、\(10^{-7}\) という係数は自然界の基本定数ではなく、機械単位と実用電気単位の大きさを整合させるために採用された尺度に由来します。 歴史的に用いられたCGS電磁単位系とMKS単位系の換算、およびアンペアという実用電流単位の採用によって、この係数が現れました。

したがって、従来の

\[{\mu_0=4\pi\times10^{-7}\ \mathrm{N/A^2}}\]

という値は、\(4\pi\) という幾何学的因子と、\(10^{-7}\) という単位換算上の係数を含む、歴史的な単位系の選択によって成立したものです。

このような経緯で厳密な定義値であった \(\mu_0\) を測定結果によって改定される値へと変更したことは、あたかも数学定数 \(\pi\) を実測値によって再定義するかのような違和感を与えます。もちろん、実際に \(\pi\) の値が変更されるわけではありません。 しかし、そもそも幾何学的因子と単位換算によって定められていた値を、なぜ実測値として扱う必要があるのでしょうか?

Space-Time Unit System(ST単位系)は、 真空の透磁率(\(\mu_0\))、真空の誘電率(\(\varepsilon_0\))、万有引力定数(\(G\))の歴史的な導入背景と役割を再考し、 既存の物理法則と矛盾することなく、より整合的な単位系を構築しようとする試みです(Ref)。

ST単位系では、キログラムもクーロンも基本単位ではなく、時間と空間という基本単位から導かれる派生単位として扱います。 また、SI単位系で用いられる物理定数との混同を避けるため、ST単位系における対応する定数には、下付き添字 (0) を付して区別します。

\[c=2.99792458\times10^8\ \mathrm{m\,s^{-1}}\]
\[e_0=8.4479725643\times10^{-7}\ \mathrm{m^2\,s^{-1}}\]
\[h_0=0.18422146494\ \mathrm{m^5\,s^{-3}}\]
\[m_0=253.26384601692\ \mathrm{m^3\,s^{-2}}\]

ST自然単位系では、基準長を古典電子半径とし、基準時間を光が古典電子半径に相当する距離を進むのに要する時間とします。 このとき、光速、電気素量、電子の静止質量はいずれも1となり、換算プランク定数 \(\hbar\) は微細構造定数の逆数となります。 また、ST自然単位系では、SI単位系のメートル(m)および秒(s)に代わり、空間(S)と時間(T)を基本単位として用います。

\[r_0=1\ \mathrm{S}\]
\[t_0=1\ \mathrm{T}\]
\[c_0=1\ \mathrm{S\,T^{-1}}\]
\[e_0=1\ \mathrm{S^2\,T^{-1}}\]
\[m_0=1\ \mathrm{S^3\,T^{-2}}\]
\[\hbar_0=\alpha_0\ \mathrm{S^5\,T^{-3}}\approx137\ \mathrm{S^5\,T^{-3}}\]

また、ST自然単位系では、真空の透磁率は無次元の幾何学的定数 \(4\pi\)、真空の誘電率は幾何学的定数と光速によって決まる \(1/(4\pi c_0^2)\) として表されます。 これらは独立した物理定数ではないため、ST自然単位系では固有の物理定数記号を設けません。一方、万有引力定数は、極めて小さな無次元の相互作用定数 \(\beta_0\) として表されます。

\[\beta_0=2.4006110\times10^{-43}\]

したがって、ST単位系では、微細構造定数とST万有引力定数という2つの無次元相互作用定数を測定値として扱い、換算プランク定数は微細構造定数の測定値から導出されます。

現行SI単位系では、光速、電気素量、プランク定数 \(h\) を厳密な定義値としています。一方、ST単位系では、光速、電気素量、電子の静止質量を基準とし、 換算プランク定数 \(\hbar\) を測定値から決定する構造を採用しています。

このように、ST単位系では、真空の透磁率を実験結果に応じて改定する必要がありません。また、質量の基準を電子の静止質量に置くため、国際キログラム原器にも依存しません。

測定結果に応じて更新される基本的な相互作用定数は、微細構造定数とST万有引力定数という2つの無次元定数であり、換算プランク定数 \(\hbar\) の値は微細構造定数の測定結果に従って決定されることになります。

Reference

※ 本ページはST単位系の構想を紹介するものです。詳細は以下の文献をご参照ください。

Space-Time Unit System for Unifying Gravitational Mechanics, Electromagnetism and Quantum Physics